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ああああ

漫画・本・映画・演劇・その他コンテンツの感想を書く場としてがメイン。日本語の練習を兼ねています。

実感の伴ったことば、アウトプット、オナ禁

漫トロのアドベントカレンダーが(少なくとも僕にとって)面白いのは、記事を構成することばのフィルターを通じて、それぞれの個人が透けて見えるからだと思う。
自分を語るときのことばは自然で、その人の人となりが出やすいんだろうか。
発言の内容が真実であるか否かに関わらず、自分を作って語るときのことばはやはりどうにもぎこちなく響く、と思う。そのことばが本人からすんなりと出てきたものかどうかが大切だ。
最近つまらない演劇を見て、この台詞は果たして作者の実感を持って語られているのか?と感じた。
どこかで聞いたフレーズを使いまわすような主体性のない文は読んでいて面白くない。

荒木飛呂彦は「台詞にはそのキャラの人生観が映る」みたいなことを言っていて、そこまで徹底できたらやっぱり魅力的な言葉が紡げるんだろうなと思う。
いま、ここ、に居る自分を感じさせるような文章を書きたいと思った。

あと、コミケ87 火曜日東S-48b 京都大学ライトノベル研究会に、短編の創作小説(書いた)と、WEB漫画紹介(書いた)と、漫画短編のノベライズ(書いた)と、SNSで炎上しないために気をつけるべきこと(まだ書いてない)を寄稿する予定で、普段創作なんて時間を割かずダラダラ過ごしているのだけど、〆切が与えられると思いの外書けたので、自分を追い込むことの有用性を知った。文章を書くために本も一冊読めた。一週間かかった。

ここ2年ぐらいほとんど漫画しか読まない生活をしていて、小説さえまともに読めなくなりつつあったので200pほどの本でも読めて感動している。あと一冊読んだらSNS~を書き始めたいが、〆切に間に合わない気がする。

大学に入って二年と九ヶ月が過ぎたのだけど、知識を全く得ていない危機感がようやく募ってきて、本を読む機運が高まっている。来年の過ごし方も含めて、冬休みにしっかり考えたい。レポートを二本終わらせたい。

友人と射精管理(オナ禁)の話をして、ハードディスク内の不埒なファイル(エロ同人誌とか動画とか32GBぐらい)をほとんど削除した。僕たちはセックスがタブーとして扱われてる社会で生きてるから誰かとオナニーの回数を共有したりはしない。僕は10才かそこらで精通してから、打ち込むことがあったとき以外(つまりほとんどずっと)毎日オナニーをしていて、大体一日一回、それがほとんど生活の一部に組み込まれている以上、パソコンに保存された歴史(一番古いのは2008年9月だった)を、安直に削除するのはもしかしてアイデンティティを毀損する恐れがあるのではないかなんて思ったけど、実際削除してみるとそんなこともなかった。ただ、削除したからといってオナニーをやめられるかというとそんなことはなく、Nexus7にファイルを移していたことを思い出してそこで閲覧して致してしまった。今さっきそのファイルも消した。児ポ法の単純所持が禁止されたら多分逮捕されるだろうファイルももう消した。(単純所持規制には反対です)。僕はオナニーに若い時間の非常に多くを浪費させてしまったけど、そうでない時期、高校時代演劇に夢中だったときとか、……他にオナニーしてなかった時期が思いつかないんだけど、まあ多分あっただろう忙しかった時期、精神が不安定だったかというとそんなことはなく、オナニーなんかしなくても生きていけるんだろうから、そのエネルギーをもっと他のことに投資したいって、思って5年ぐらい経ってる。この話は始めると長いので止めよう。

来年の抱負がどうとかそういう話をまた書くかもしれない。