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ああああ

漫画・本・映画・演劇・その他コンテンツの感想を書く場としてがメイン。日本語の練習を兼ねています。

日記とか、創作とか

C87で京都大学ライトノベル研究会として会誌を頒布した。
その会誌に小説と評論を寄稿したのだが、その小説を、「情景描写が少なすぎて何が起こってるのか読者に伝わらない」「改行がなくて読みづらい」などと言われて、反省した。
文字媒体にかぎらず表現というものが、自分の頭のなかにあるモノを紙やら画面やらに写し取る作業だとすると、表現の鑑賞者はその写し取られた「窓」を通じてしか、作者の脳みそにアクセスできない。僕は頭のなかにあるものの輪郭をがりがりと削って文字に起こしただけで、それを窓として読者が僕の世界に入ってこれるかなんて考えていなかったと思う。読んだときのリズムしか考えていなかった気がする。作品は作者が構成する世界を覗くための窓だ、というのは、僕の中ですっと腑に落ちたので、これから意識していきたい。世界そのものを文字に起こすことは出来ない。
小説とは関係ないんだけど、僕は絵が下手で、それというもののまず頭のなかに精細な絵を思い描くことさえ出来ない。風景やキャラクタを思い浮かべても、はて目はどんな形で輪郭はどうだったかと解像度は荒くボヤケた画面が一向に明るくならぬ。そもそも写し取るモノを得られない。訓練が足りないのかな。

明日はゼミの発表&中間レポート提出で、あと一ヶ月後には10本のレポートと6つのテストを受け終わっているのかと思うと信じがたい。マジで?

年も明けたので鍋を食べたいと土方に言ったらメーリスを流されて、これで誰も申し出なければただただ俺が寂しい人間であることだし、あんなメーリス流して申しでる奴はよっぽどだとも思う。

廊下に豚汁の匂いが漂っていて豚汁が食べたくなった。ささがきゴボウと人参と大根と、皮付きのサツマイモは入っているだろうか? 僕がカニ汁の味だと思っていたものは、大根の味だったことがある。僕が豚汁の味だと思っているものは何の味だろうか?

僕は不注意な人間であるので、もうtwitterはすべきではないと思うし、再開するにしてももう少し継続的に学問に時間を投資できるようになってからにすべきとも思う。